[ベンチャー・スタートアップ] 第3回:ベンチャー企業が発行するストックオプションの考察【前編】
税制適格(無償)ストックオプションと有償ストックオプションの比較を中心に
1.はじめに
アントレプレナー(起業家)が起業する際は、通常1人または多くても3名くらいの少人数からスタートすることが一般的です。そのため、本来会社を経営していく上で必要となる人的なリソース(資源・資産)は揃っていないことがほとんどです。他方、ベンチャー企業が「企業」として成長して行けるか否かは、優秀な人材の確保に依拠している部分が多く、優秀な人材の獲得がうまく進めば、そのベンチャー企業は成長を加速させると言っても過言ではありません。
そこで本稿では、ベンチャー企業においても頻繁に利用されるストックオプションのうち、その中でもよく用いられる税制適格(無償)ストックオプションを概観した上で、同じインセンティブ報酬の枠組みにある有償ストックオプションとの相違点の整理を試みたいと思います。
2.ストックオプションが持つ効果
ストックオプション[1]は、会社の役員や従業員に対し、将来において当該企業の株式を予め定めた価額で取得させることができる権利であり、コールオプションの一種となります。会社法においては、新株予約権(会236条~)に規定されており、それを行使するかどうかは、ストックオプションを付与された者が自由に決めることになります。
ストックオプションを保有する者は、ストックオプションを行使しようとする時点の株価がストックオプションの内容として予め定められた行使価額よりも高くなればなるほど、ストックオプションを行使し株式を取得し、その株式を売却することで「売却時点の株価とストックオプションの行使価額」の差額を株式の売却益(キャピタルゲイン)として取得することができますので、ストックオプション保有者にとって当該会社の株価をあげよう(=企業価値をあげよう)とするインセンティブになります。
初期のベンチャー企業においては、資金的に余裕がないことが多く、また企業として存続していくこと自体が不確実でもあることから、他の企業以上によほどの魅力がなければ優秀な人材を獲得することは難しいといえます。そこで、「株式公開を達成した際には当該ストックオプションを行使できる」などの条件をつけたストックオプションを付与することで、多額の現金の流失を回避しながら、優秀な人材を確保することが可能になることから、ベンチャー企業においてもストックオプションはインセンティブ報酬として多く利用されています[2]。
3.ストックオプションへの課税関係と税制適格ストックオプションの要件の整理
次に、ストックオプションの課税関係を整理した上で、実務においてよく用いられる税制適格ストックオプションの要件を確認することとします。
(1)原則的なストックオプションへの課税
ストックオプションに対する原則的な課税は、ストックオプションの内容に譲渡制限等が付いている場合には、当該企業からストックオプションの付与を受けた時点では課税されずに、ストックオプションを行使し株式を取得した時点において、「権利行使日の株価とストックオプションの行使価額との差額」に対し、給与所得として課税がなされることになります(所得36条1項・2項、所得令84条2項4号)。つまり、ストックオプションを行使し、株式を取得しただけで課税(源泉徴収)がされるため、実際に株式を売却していなくても(つまり、売却益を取得していなくても)、株式取得者は納税資金を用意する必要があります。また、給与所得(最高税率55%(所得税45%・住民税10%))として課税がなされることから後述する税制適格ストックオプションよりも税率が高くなる可能性があることに注意が必要です。
(2)税制適格ストックオプションへの課税
これに対し、租税特別措置法29条の2の要件を満たすストックオプションであれば、権利行使時点の課税を先延ばしし、株式を実際に売却した時点で、「株式売却時点の株価とストックオプションの行使価額との差額」に対して課税することが認められています(租特29条の2、租特令19条の3)。このように課税の先延ばしが認められるストックオプションを「税制適格ストックオプション」と呼び、それ以外のものは「税制非適格ストックオプション」と呼ばれます。税制適格ストックオプションは、課税の先延ばしだけでなく、株式売却時点の株価とストックオプションの行使価額との差額について、申告分離課税となり、その税率が一律20%であることからも(1)の税制非適格ストックオプションよりも一般的に課税額が少なくなることが多いといえます。
(3)税制適格ストックオプションの要件
このような理由からストックオプションを発行する際には、税制適格となるように設計されることが多くなっていますが、その要件は以下のように細かく規定されています。
項目 | 要件 |
---|---|
付与対象者 | 大口株主(=非上場会社においては発行済株式の3分の1超の株式保有者)及びその親族等の特別関係者を除くストックオプション発行会社またはその子会社等の取締役、執行役または従業員等の使用人である個人 |
年間の行使限度額 | 年間1200万円まで |
権利行使期間 | 付与決議の日後2年を経過した日から10年を経過する日までの間 |
権利行使価額 | 発行会社と付与対象者がストックオプションに係る契約を締結したときの発行会社の株式の1株あたりの価額相当額以上であること |
発行価額 | 無償であること |
譲渡制限 | 譲渡禁止とされていること |
株式発行時の法令遵守 | ストックオプションの行使により取得する株式の交付に際し、付与決議時に定めた規定に反しないで行われること |
取得した株式の管理 | 発行会社と金融商品取引業者等との間で、権利行使により取得される株式の管理等信託契約を締結し、当該契約に従い、一定の保管の委託または管理等信託がされること |
調書の提出 | ストックオプションを付与した日の属する年の翌年1月31日までに本店所在地の所轄税務署に「特定新株予約権の付与に関する調書」を提出すること |
なお、これらの要件はストックオプション発行時に充足している必要があり、発行後に内容を変更して、上記要件を充足しても、税制適格ストックオプションとは認められませんので、発行時には十分に注意する必要があります。
4.ストックオプションの発行に付随する留意点
ストックオプションを付与することは、取締役や執行役また従業員に対して発行企業を成長させるインセンティブを与えることを目的としていますので、ストックオプションを発行した結果、(特に従業員間において)不公平な取扱いを受けたと感じるような設計は慎むべきです。
また、会社法上、職務執行の対価としてストックオプションを役員に付与する場合には、報酬規制を受けることになりますので、ストックオプションの発行時に「報酬の額またはその算定方法等、具体的な内容」を定款または株主総会の決議で定める必要があります(会361条1項3号)。
さらに、ストックオプションの発行は、金融商品取引法上の有価証券の募集に該当するものになりますので、有価証券届出書の提出が必要になる場合があります。他方、税制適格ストックオプションに該当する場合には、例外的に届出義務が免除されていますので、有価証券届出書の提出の要否について注意する必要は無くなりますが、付与先に役職員以外の外部アドバイザー等が含まれている場合には、原則どおり有価証券届出書の届出義務の要否についても検討する必要があることに注意してください。
以上
(以下、次号に続く)
脚注
1. 企業会計基準委員会「ストック・オプション等に関する会計基準」3頁(2005年12月27日)によれば、ストックオプションとは、自社株式オプションのうち、特に企業がその従業員等(企業と雇用関係にある使用人のほか、企業の取締役、会計参与、監査役及び執行役並びにこれに準ずる者)に、報酬(企業が従業員等から受けた労働や業務執行等のサービスの対価として、従業員等に給付されるもの)として付与するものと定義されています。
2. なお、筆者が過去に調査(2019年10月)した際、2018年・2019年にJ-Startup(経済産業省所管事業)に認定された企業は141社あり、そのうち調査時点で非上場企業であった126社の約78%(98社)がストックオプションを発行していることも明らかになっています。