[ベンチャー・スタートアップ] 第4回:ベンチャー企業が発行するストックオプションの考察【後編】
税制適格(無償)ストックオプションと有償ストックオプションの比較を中心に
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5.有償ストックオプションが導入されるケース
有償ストックオプションとは、発行する新株予約権の理論価値をオプション評価モデルにより算出し、これを時価として払込金額(発行価格)を設定して有償で発行する新株予約権のことをいい[3]、時価をもって発行することから、「時価発行新株予約権」と呼ばれる場合もあります(本稿では、有償ストックオプションと表現します)。
有償ストックオプションも税制適格ストックオプションと同様に、株価を上げること(=企業価値の向上)に対し、インセンティブを与えることを目的としていますが、有償ストックオプションの付与を受ける者は、新株予約権を取得するためには、発行価格に相当する一定の資金拠出をする必要がありますので、取得した新株予約権が発行価格以上になると判断できる場合でなければ、通常は、新株予約権を取得しようとしません。そのようなことから、有償ストックオプションの付与を受けた者は、発行企業の業績や株価向上に対し、無償で付与を受けることができる税制適格ストックオプションよりも高いインセンティブをもっていると考えられます。
東京証券取引所に上場する企業に適用されるコーポレートガバナンス・コード[4](以下、「CGコード」といいます。)の中で、「取締役会は、経営陣の報酬が持続的な成長に向けた健全なインセンティブとして機能するよう、客観性・透明性ある手続に従い、報酬制度を設計し、具体的な報酬額を決定すべきである(CGコード補充原則4-2①)」と要請していることもあり、一定数[5]の上場企業においても有償ストックオプションは導入されています。他方、非上場企業においても、有償ストックオプションには、税制適格ストックオプションと同一の税務メリットがありますので、インセンティブプランとして導入の是非は検討に値するものといえます。
6.有償ストックオプションの特徴
(1)有償(時価)発行
有償ストックオプションの最たる特徴は、時価を計算し、発行価格としてそれを用いることです。つまり、一定の資金拠出を受けて、有償ストックオプションが発行されることから、有償ストックオプション付与者は、報酬を受けるのでなく、「投資」の機会が与えられており、そのため、役員に対して付与する場合にも役員報酬決議は不要である整理するものもあります[6]。なお、時価の計算方法については、実務上、有償ストックオプションの行使条件として株価条件や業績条件が付けていることが多く、それらは時価を計算する際に、時価を下げる要素となることから、発行時点の純粋な時価ではなく、一定の条件を付した時価が新株予約権の発行価格となることには注意を要します。
いずれにしても、一定の資金拠出を要することから、有償ストックオプションを導入した企業の申込率も100%ではなく[7]、この点は有償ストックオプションの特徴ということができます。
(2)税制適格要件と類似
前述のとおりストックオプションを保有する者に対する課税は、原則として、ストックオプションを行使し株式を取得した時点において、「権利行使日の株価とストックオプションの行使価額との差額」に対し、給与所得として課税されることになりますが、有償ストックオプションは、税制適格要件を満たしていなくても、権利行使時に給与所得課税はされず、譲渡時において譲渡所得課税の対象となります。権利行使時に課税されない理由としては、当該新株予約権の発行価格が「無償または公正価値より低い価額の場合」に権利行使時の所得として課税する(所得令84条2項4号参照)ところ、有償ストックオプションにおいては、公正価値で発行されることから、上記規定に該当せず、権利行使時に所得は存在しないことになり、課税するものが存在しない以上、課税されないことになります。
税制適格ストックオプションの場合、付与対象者が(大口株主及びその親族等の特別関係者を除く)役員や従業員に限定されてしまいますが、有償ストックオプションの場合、付与対象者の属性に関係なく税務上のメリットを受けることができるため、この点は非上場企業においても導入するメリットなるといえます。
7.ベンチャー企業(非上場企業)が発行するストックオプションの考察(まとめ)
ベンチャー企業のインセンティブプランとしては、税制適格ストックオプションの方が導入しやすく、有償ストックオプションのように、ストックオプション発行時に資金の拠出を求めることは従業員に対して発行するのであれば、あまり現実的ではありません。これに対し、税制適格ストックオプションの税務上のメリットを受けることができない大口株主にとっては有償ストックオプションを用いることで、税制適格ストックオプションと同じような税務上のメリットを受けることが可能になることから、これらの者の成長意欲を向上させるという観点からも、有償ストックオプションは十分に活用できるインセンティブプランといえるように思います。
以上のことから、ベンチャー企業が置かれているその時の状況に応じて税制適格ストックオプションと有償ストックオプションは使い分けることが望ましく、どちらのストックオプションが優れているということではなく、どちらのストックオプションがよりストックオプション付与者のインセンティブになるかを検討したうえで、導入していくべきものと考えます。
【非上場企業における税制適格ストックオプションと有償ストックオプションの比較表】
税制適格ストックオプション | 有償ストックオプション | |
---|---|---|
性質 | 報酬 | 投資(報酬の側面もあるとする見解あり) |
決議機関 | 株主総会決議 | 株主総会決議 |
発行価格 | 無償 | 有償(公正価値による時価) |
付与対象 | 発行会社(その子会社等)の取締役、執行役または従業員等の使用人である個人 | 制限なし |
行使限度 | 年間1,200万円 | 制限なし |
税務 | 株式の譲渡時に課税 | 株式の譲渡に課税 |
権利不行使 による不利益 |
なし | 発行価格として拠出した資金を喪失 |
脚注
3. 松田良成ほか『各種インセンティブ・プランの比較と時価発行新株予約権信託の最新動向』商事法務2105号44頁(2016)
4. 5つの基本原則、31の原則及び42の補充原則の計78の原則から構成されており、東京証券取引所の本則市場(一部・二部)に上場している企業には、すべての原則が適用されることになり、新興市場(マザーズ・JASDAQ)に上場している企業には5つの基本原則のみが適用されることになります。
5. 株式会社プルータス・コンサルティング「上場企業における有償ストック・オプションの事例調査」2020年6月30日(2020年10月4日最終閲覧)によれば、2019年の有償ストック・オプション発行事例は66あり、税制適格ストック・オプションや譲渡制限付株式よりも大きな規模で発行されていると整理しています。
6. 投資の側面だけでなく、「報酬等」として会社法上の規律に服させることが適当であると主張する見解として、弥永真生『いわゆる有償ストック・オプションと「報酬等」規制』商事法務2158号5頁(2018年)や中村慎二『新しい株式報酬制度の設計と活用―有償ストック・オプション&リストリクテッド・ストックの考え方』112頁(中央経済社、2017年)もあることから、実際の取り扱いに対しては、慎重な判断が必要です。
7. 株式会社プルータス・コンサルティング『新株予約権等・種類株式の発行戦略と評価■資金調達,インセンティブ,M&A,事業承継での活用』99頁(中央経済社、2020年)