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[ベンチャー・スタートアップ] 第2回:上場を目指すベンチャー・スタートアップ企業のための東京証券取引所における新市場区分の概要

著者:しんせい総合法律事務所所属 司法書士・行政書士  曽根 圭竹

[ベンチャー・スタートアップ] 第2回:上場を目指すベンチャー・スタートアップ企業のための東京証券取引所における新市場区分の概要

1.はじめに

ベンチャー企業の多くは資金調達力の強化、自社の知名度の向上、イメージアップに伴う有能な人材の確保等を目的として、証券市場において株式上場を目指しているケースが多いと考えられます。

日本において株式市場は東京・名古屋・札幌・福岡の4カ所で開設されていますが、全体の99.9%に相当する売買取引[1]が東京証券取引所で取引されていますので、多くのベンチャー企業は東京証券取引所への上場を念頭に準備を進めていくことになるものと思われます。

そこで本稿では、2022年4月1日から変更が予定されている東京証券取引所における市場区分(以下、「新市場区分」といいます。)について、現行の市場区分との比較を交えながら、これから上場準備に取りかかるベンチャー企業目線で解説を試みたいと思います。

2.現在の市場区分の概要

(1)市場が区分した経緯

東京証券取引所の市場区分は、1949年の取引所再開から1961年までは単一市場のみが開設されていましたが、1961年10月より市場第二部を設置されました。それ以後は、市場第二部から市場第一部へステップアップすることが上場会社の持続的な成長および中長期的な企業価値向上を目指すための一つの動機付けとして機能していたと指摘されています[2]。その後、新興企業向けの市場として1999年11月にマザーズを開設し、更にはプロ投資家向けの株式市場として2009年6月よりTOKYO AIM(現:TOKYO PRO Market)が開設されました。最終的に2013年7月に大阪証券取引所と東京証券取引所が経営統合した際に、東京証券取引所がJASDAQ(スタンダード市場・グロース市場)を引き継ぎ、現在の市場区分となっています。

(2)現在の市場の特徴

前述のとおり、2013年に東京証券取引所と大阪証券取引所が統合して以来、市場第一部、市場第二部、マザーズ、JASDAQ(スタンダード・グロース)に区分されており、各市場の特徴としては以下のとおりです。

①市場第一部

まず、市場第一部は主として大企業向け(流動性が高く、比較的機関投資家の比率が高い市場)の市場となります。

②市場第二部

これに対し、市場第二部は中堅企業向けで将来的に市場第一部に進むことが想定されている企業群が対象市場としてます。

③JASDAQ

次にJASDAQ市場は、Ⅰ信頼性、Ⅱ革新性、Ⅲ地域・国際性をコンセプトに多様な成長ステージの企業群を受け入れる市場です。その中でも、一定の事業規模と実績を有する成長企業を対象とした「スタンダード市場」と特色ある技術やビジネスモデルを有し、より将来の成長可能性に富んだ企業群を対象とした「グロース市場」に区分されていますが、JASDAQ自体は、市場第一部と並立してエンドマーケットとして位置づけられています。

④マザーズ

最後にマザーズは、Ⅰ成長性、Ⅱ流動性、Ⅲ迅速性、Ⅳ透明性に特徴があり、Ⅰ成長性については、主幹事証券会社が「高い成長可能性」の判断を行い、東証がそれを踏まえて「事業計画の合理性」の審査を行うこととされています。また、Ⅱ流動性については、上場時の公募株式数や新たに創出される新規株主数などの形式的な基準を用いることで流動性を確保しています。他方、Ⅲ迅速性については、設立年数や純資産の額などの基準は設けず、売上高のみで上場審査を行うことで無用な時間の経過を防止し、また審査期間も市場第一部・第二部より短いことでその性質が確保されています。最後にⅣ透明性については、上場審査を受ける企業群が新興企業であることから、法定開示書類、タイムリーディスクロージャーに加え、年2回以上の会社説明会の開催を求め、その性質を確保しています。なお、マザーズ上場企業は、2011年3月より、マザーズ上場10年後に、マザーズに継続して上場するか、本則市場に市場変更するか選択する制度となっており、その循環を確保するように努めています。

3.予定されている新市場区分の概要

(1)現在の市場に対する指摘

現行の市場区分に対しては、(ア)各市場区分のコンセプトが曖昧であり、投資者にとって利便性が低く、(イ)上場会社の持続的な企業価値向上の動機づけの点で期待される役割を十分に果たせていない。さらに(ウ)投資対象としての機能性と市場代表性を兼ね備えた指数が存在しないという指摘がされています。また、流通株式の定義については、株式の円滑な流通と公正な価格形成を確保する観点から、より実態に即した定義に見直すことが必要との指摘もあり、実態として流通性が乏しいと考えられる株主の保有する株式(例:政策保有株式など)についても流通株式の定義から除外する方向性が検討されています。

(2)新市場区分のコンセプト

上記の指摘に対して、新市場区分の設定をするにあたり、(ア)幅広い企業に対し、上場による資金調達機会を提供すること、(イ)上場後の持続的な成長と中長期的な企業価値向上を促すことをコンセプトに、国内外の多様な投資者から高い支持を得られる魅力的な現物市場を提供するため、以下のように新市場区分とすることが予定されています。

(3)新市場区分における上場基準の概要

新市場区分を設定するに際し、時価総額(流動性)やコーポレート・ガバナンスに関する基準を定めるほか、以下の各市場のコンセプトを反映した定量的・定性的な基準[3]が設けることとされました。

〔プライム市場〕

多くの機関投資家の投資対象となる規模の時価総額(流動性)を持ち、より高いガバナンス水準を備え[4]、投資家との建設的な対話を中心に据えて持続的な成長と中長期的な企業価値の向上にコミットする企業およびその企業に投資する機関投資家や一般投資家のための市場

〔スタンダード市場〕

公開された市場における投資対象として一定の時価総額を持ち、上場企業としての基本的なガバナンス水準[5]を備えつつ、持続的な成長と中長期的な企業価値の向上にコミットする企業およびその企業に投資する機関投資家や一般投資家のための市場

〔グロース市場〕

高い成長可能性を実現するための事業計画及びその進捗の適時・適切な開示が行われ一定の市場評価が得られる一方、事業実績の観点から相対的にリスクが高い[6]企業

【新市場区分における基準】

基準の種類 項目 プライム スタンダード グロース
流動性 株主数 800人以上 400人以上 150人以上
流通株式数 20,000単位以上 2,000単位以上 1,000単位以上
流通株式時価総額 100億円以上 10億円以上 5億円以上
売買代金
(時価総額)
250億円以上
ガバナンス 流通株式比率 35%以上 25%以上 25%以上
経営成績
財政状態
収益基盤
(上場時のみ)
(ア)最近2年間の利益合計が25億円以上
(イ)売上高100億円以上、かつ時価総額1,000億円以上
最近1年間の利益が1億円以上
財政状態 純資産50億円以上 純資産額が正であること

グロース市場は、現在のマザーズ市場を承継し・成長可能性の高いベンチャー企業の育成に資する市場となることが予定されています。そのため、流動性以上にそのベンチャー企業の「事業計画」が重要なものとなり、その際の要件としては、以下の①から③のいずれにも該当していることが必要となります。

<事業計画の要件>

  • ①事業計画が合理的に作成されていること
  • ②高い成長可能性を有しているとの判断根拠に関する主幹事証券会社の見解が示されていること
  • ③事業計画及び成長可能性に関する事項(ビジネスモデル、市場規模、競争力の源泉、事業上のリスク等)が適切に開示され、上場後も進捗状況が開示される見込みがあること

また、新規上場申請時には時価総額基準は設けませんが、高い成長可能性の健全な発揮を求める観点から上場後10年経過後は時価総額40億円以上であることが上場維持基準として要件となります。

4.市場の区分変更に関する規定

(1)区分変更規定の廃止

新市場区分への移行後は、現行制度と異なり新規上場基準と上場維持基準は、原則として共通化されます。そのため、上場企業はそれぞれの市場の上場維持基準を継続する必要が生じますが、それにより持続的な成長を促すことを目的としています。

また、現行制度のように市場区分を変更する際の緩和された基準は設けないこととし、新規上場基準と市場移行基準は共通化します。したがって、市場を変更する場合は、新規申請の上場申請が必要となります。

(2)今後のスケジュール

既に上場している企業の新市場区分への移行については、(a)現行市場と新市場のコンセプトが同一である場合と(b)コンセプトや上場基準が現行と新市場区分で異なる場合のいずれに該当するかによって手続は異なります。具体的には、(a)の場合には、「市場選択の申請」を行う[7]ことで足りますが、(b)の場合には、「市場選択の申請」とは別に「選択先市場への新規申請」が必要となります。なお、2022年4月1日までに新規上場審査に適合しなかった場合は、同日以降は、猶予期間[8]入りとなります。

<現行市場から新市場への移行例>

市場区分 新市場区分
第1部 プライム市場 or スタンダード市場
第2部 スタンダード市場
JASDAQスタンダード
JASDAQグロース グロース市場
マザーズ

5.これから上場準備に取りかかる企業における留意点

現行の上場審査においては、「新規上場申請のための有価証券報告書(Ⅰの部)」に、2期分の監査報告書が必要となりますので、少なくとも2年以上前から上場準備を開始する必要があります。したがって、これから(2020年12月)、上場準備に取りかかる会社は、早くても新市場区分への移行予定日である2022年4月1日以降に株式上場(申請)をすることになりますので、東京証券取引所が予定する新市場区分移行の情報は必須となります。また、新興市場への上場後に市場第一部や第二部へのステッアップを検討している場合には、現行制度のように市場変更を理由として要件が緩和されることはなくなりますので、どの市場に上場すべきか今以上に、慎重な検討が必要になってきます。

いずれにしても、新市場区分移行後に、各市場が投資家からどのような評価を受けるかは現時点ではわからず、移行後の各市場の評価によっては、グロース市場上場後の展開も様々なケースが想定されますので、上場準備担当者は、新市場区分の動向については注視していく必要があると考えます。

以上

脚注

1. 公益財団法人日本証券経済研究所編『図説日本の証券市場2020年版』49頁(2020年3月)

2. 青克美「東証の新市場区分の概要等の解説」商事2228号,34頁(2020年)

3. 本稿で記載した基準の他にも、証券代行機関の選定など共通の基準が設けられる予定です。

4. 2021年春以降に改定予定のコーポレートガバナンス・コードにおいて、現行よりもより水準の高いコードが示される予定であり、その全原則が適用される予定です。

5. コーポレートガバナンス・コードについては、プライム市場を念頭に想定された内容を除くすべての原則が適用される予定です。

6. コーポレートガバナンス・コードについては、基本原則のみを適用する予定です。

7. 移行基準日において、新市場区分の上場維持基準を充たしていない場合は、追加の手続が必要となります。

8. 証券取引所が定めた基準に抵触した場合に、その状態を是正するための期間をいいます。

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著者プロフィール

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曽根 圭竹

しんせい総合法律事務所所属 司法書士・行政書士

一橋大学大学院法学研究科ビジネスロー専攻修士課程修了。
不動産に関する法務を中心に業務を展開しながらも、自身の研究テーマであるスタートアップ企業の法務支援や医療機関の法務支援も行うマルチプレイヤー。
著書に、『医院開業から法人化,経営・継承まで弁護士,税理士,司法書士,行政書士,社労士が答えました!(共著)』『実務が変わる!令和 改正会社法のまるごと解説(共著)』がある。

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