中小企業・ベンチャー企業のための事業承継と遺留分

2020/09/30

著者:ルーチェ法律事務所 弁護士 帷子翔太
相続特集
スムーズな事業継承のポイント

1.遺留分・遺留分減殺請求とは

遺留分は、兄弟姉妹以外の法定相続人について認められている遺産について最低限取得できる部分のことです。法定相続人の相続分に、2分の1(直系尊属のみが相続人である場合には3分の1)を乗じた権利が保障されます(民法1042条)。

遺言によって特定の者だけに有利な内容の遺産分配が行われた場合等において、他の法定相続人は、自らの遺留分が侵害されたことを理由に、遺留分減殺請求権を行使し、最低限の遺産の取り分を確保することができます。

なお、具体的な遺留分の計算等については、改めてご紹介させていただきたいと考えています。

2.旧法化での問題点

旧法の制度では、相続人が遺留分減殺請求権を行使すると、対象物の返還請求ができ、対象物の共有状態が生じる結果となっていました(物権的効果と言われていました。)。

例えば、A社を経営していた被相続人の遺産がA社株式で多くを占められている場合に、後継者である共同相続人のうちの1人に、贈与や遺贈等でA社株式を集中的に取得させると、他の相続人から遺留分減殺請求権を行使される可能性がありました。また、遺留分減殺請求権が行使された場合、事業承継のために後継者に取得させたはずのA社株式が、共有になって分散してしまうおそれがあり、こうした事業承継に障害が生じる点が問題とされていました。さらに、遺留分減殺請求権が行使されたことによる共有割合は、目的財産の評価額が基準となるとされているため、複雑な共有状態となっていた点も問題とされていました。

3.新法の概要

遺留分減殺請求権は、金銭債権に一本化されました。また、名称も、遺留分侵害額請求権(民法1046条)に改められました。遺留分が侵害された法定相続人は、受遺者または受贈者に対し、遺留分侵害額に相当する金銭の請求をすることができるようになりました。侵害された遺留分そのものを取り戻す権利であった遺留分減殺請求権は、侵害された遺留分に相当する部分の金銭を請求する権利として、遺留分侵害額請求権に変わりました。

新制度の導入により、問題点であった複雑な共有状態を回避することができるようになりました。また、金銭による負担はあるとはいえ、その目的財産自体については、受遺者等が維持できるため、これを特定の者に与えたい被相続人の意思を尊重できるようになりました。つまり、遺留分侵害額請求権は、あくまで遺留分侵害額に相当する金銭の支払いを求める権利にとどまり、遺留分を侵害する贈与や遺贈等を無効とするわけではありません。

改正のポイント

  1. 旧法で遺留分減殺請求権とされていた権利は、新法では遺留分侵害額請求権と改められ、金銭債権(侵害額に相当する金銭の支払いを請求できる権利)に一本化されました。
  2. 旧法では遺留分減殺請求権の行使により、目的物について受贈者や受遺者との関係で共有関係が生じてしまうことから、新法においては、シンプルに遺留分侵害額に相当する金銭債権が生ずることとしました。

4.遺留分侵害額請求となったことによる事業承継対策

(1)事業承継と遺留分

企業経営者が会社の経営を長男に承継させるために、会社の株式や事業用資産を長男に承継させるといったことが行われます。株式が共同相続人間で分散してしまうと、相続後に、株式買取り問題など、会社経営にとって深刻な問題となるので、後継者に集中させるために行われるものです。例えば、長男のほかに、長女と次男がいる場合、株式や事業用資産を長男に承継させるために、遺言書や長男への生前贈与が利用されます。

上記の例において、長男に株式を集中させた結果として、長女や次男の遺留分を侵害することになった場合、長女及び次男は、長男に対して、遺留分侵害額請求権を行使することができます。

(2)旧法化及び新法下での取扱の違い

旧法化では、企業経営者が生前に自社の株式や事業用の資産を後継者に贈与したり、遺言で集中させたりしても、その額が遺留分を侵害している場合は、遺留分権利者が遺留分減殺請求権を行使すれば、後継者が相続又は贈与された分の株式や事業用資産に共有関係が生じてしまっていました。その結果、株式が後継者以外に分散したり、事業用の資産を売却せざるを得なくなったりするなど、円滑な事業承継の妨げになっていました。

また、遺留分における財産評価は、いわゆる相続税評価額ではなく、不動産や非上場株式については、時価とされています(一般的に、時価の方が相続税評価額よりも高額です。)。そのため、現経営者が経営努力をして会社を発展させればさせるほど、または後継者が株式の生前贈与を受けて会社を引き継ぎ、経営努力によって会社を発展させればさせるほど、株式の評価額が上がり、現経営者の相続のときに相続財産に占める自社株式の比率が増えて、他の相続人の遺留分を侵害する可能性が高まることになります。このような状態で遺留分減殺請求権が行使されれば、会社経営が順調であるにもかかわらず、円滑な事業承継は困難という状態となってしまいます。

今回の改正では、前記「3」のとおり、遺留分減殺請求権は遺留分侵害額請求権として金銭債権に一本化され、株式や事業用資産などの持分そのものを求める遺留分減殺請求権ではなく、遺留分に相当する金銭を求められる遺留分侵害額請求権になりました。この改正で、遺産の多くが自社の株式や事業用の資産である場合において、これらを後継者に集中して相続させるなどしても、金銭の支払いで対応できるようになりました。なお、後継者が金銭をすぐに支払うことができない場合には、裁判所に対して支払期限の猶予を求めることもできます(民法1047条)。

(3)金銭債権化したことに伴い注意すべきと考えられる事項

遺留分侵害請求権が遺留分侵害額請求権に改正され、金銭債権となったことにより、自社の株式や事業用の資産を後継者に集中して承継させて他の相続人に遺留分を侵害しても、金銭の支払いで対応でき、株式や事業資産そのものは後継者が保有していることができます。

しかし、遺留分侵害額請求権が行使されれば、後継者は、承継した株式や事業用資産の時価を踏まえて、金銭で支払いを行わなければなりません。裁判所に支払期限の猶予を求めることができるとはいえ、株価が高額である場合など、支払原資を確保しなければならないことになります。仮に支払いができない場合、仮差押えなどが可能になり、その対象が株式や事業用資産であれば、最終的にこれらを失うかもしれず、遺留分減殺請求権が金銭債権化されたことの意味合いを失いかねません。

支払原資としては、自己資産、被相続人の生命保険契約の受取人となっていればその受取金または銀行借入金などが考えられますが、いずれにしても、事業承継における後継者は、後に遺留分侵害額請求権を行使された場合に備え、金銭の支払いが可能となるよう準備を行っておくべきであると考えられます。

また、遺留分侵害額請求権は、あくまでも、遺言や生存贈与等によって、後継者が株式や事業用資産を受け取った場合に問題となるものであり、そうした遺言等がない場合、相続人全員で遺産分割協議を行って、誰にどのように遺産を分割するのか定めなければならず、益々問題は複雑化します。そのため、遺留分侵害額請求権が行使される可能性を見据えつつも、誰にどのような財産を承継させ、会社を存続させていくのかについては、事前に遺言等によって対応が必要になります。

もちろん、最も望ましいのは、遺留分侵害額請求権が行使されるようなことなく、円滑に事業承継を行うことですので、親子間、兄弟間の緊密なコミュニケーションが重要であることに変わりはありません。早い時期から専門家を交えて税法や民法を踏まえて、長期的かつ総合的に検討を進め、判断および実行することが肝要であると考えられます。

株式会社帝国データバンクの調査によれば、中小企業の後継者不在の問題は、低下傾向にあるとされているものの、依然として過半数を上回る65.2%とされ、かつ後継者問題が解消されない場合、経済産業省の試算では、2025年頃までに、最大約650万人の雇用と約22兆円のGDP(国内総生産)が喪失されると言われている状況です。こうした状況にあっては、後継者が決まっている、あるいは後継者の候補のある中小企業は、好環境にあるともいえます。そのため、後継者への株式や事業用資産の承継は、できるかぎり問題を顕在化させず、スムーズに行うことが重要であると考えられます。

  • 著者プロフィール

帷子翔太

2015年弁護士登録(東京弁護士会)
日本大学法学部助教(2016年4月~現在)
二松學舍大学国際政治経済学部非常勤講師(2017年4月~現在)
一般民事事件、一般家事事件(離婚・親権)、相続問題(相続・遺言等)、企業法務、交通事故、債務整理、刑事事件、その他訴訟案件を取り扱っている。

民法(債権法)改正の概要と要件事実』(共著、三協法規出版、2017)、『相続法改正のポイントと実務への影響』(共著、日本加除出版、2018)、『Q&A改正相続法の実務』(共著、ぎょうせい、2018)、『Q&A改正民事執行法の実務』(共著、ぎょうせい、2020)等