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[コンプライアンス] 第4話:顧問弁護士と従業員の刑事事件

著者:永世綜合法律事務所 弁護士  早乙女 宜宏

[コンプライアンス] 第4話:顧問弁護士と従業員の刑事事件

第4話:顧問弁護士と従業員の刑事事件

ベンチャー企業の社長

先日知り合いの社長さんと話したときに、従業員が痴漢行為で逮捕されたという話を聞きました。そういえば、先生と前回お話をしたときに、従業員が被疑者となった場合の対応について色々と教えていただいたことを思い出して、その社長には説明をしたのですが、その社長としては、逮捕された従業員を助けてやりたいという思いで、知人の弁護士を代理人としてつけたそうです。先生は、当社の顧問弁護士でありますが、いまのような場合は、当社の従業員の代理人としてついてもらうことは可能なのでしょうか。

法律事務所BIZの熊谷弁護士
弁護士

痴漢に関する刑事事件を引き受けてもらったということでしょうかね。だとすると、正確には、「代理人」ではなく、「弁護人」といわれるものになります。

ベンチャー企業の社長

民事事件と刑事事件で、弁護士さんの呼び方が異なるのですか。

法律事務所BIZの熊谷弁護士
弁護士

そうですね。民事事件に関して代理をするのが代理人で、刑事事件で被疑者又は被告人のために活動するのが弁護人と呼ばれます。同じように、よく間違って使われるのが、「被告」と「被告人」という区別ですね。民事事件で訴えられている方を「被告」と言いますが、刑事事件で起訴されている方は「被告人」といいます。

ベンチャー企業の社長

ぱっと使い分けるのは難しそうですね。

法律事務所BIZの熊谷弁護士
弁護士

刑事事件を多く扱っていると、民事事件で「被告」のことをうっかり「被告人」と呼んでしまうことはたまにありますね(笑)。すぐ訂正しますけれど。

法律事務所BIZの熊谷弁護士
弁護士

話は戻って、刑事事件における弁護人ですが、被告人又は被疑者であれば身柄を拘束されているか否かにかかわらず弁護人を選任する権利が認められています(刑訴法30条1項)。他にも、その人の法定代理人、保佐人、配偶者、直系の親族及び兄弟姉妹も、弁護人を選任することができます(同法30条2項)。

ベンチャー企業の社長

としますと、たとえばいくら従業員のことを家族と思っていても、私が、被疑者となった従業員のために弁護人を選任することはできないということですか。

法律事務所BIZの熊谷弁護士
弁護士

そのとおりです。今お話した条文に書いてあったとおり、一定の身分関係がなければ弁護人は選任できません。かなり昔の事件ですが、内縁の妻がした弁護人選任は無効であるとした裁判例があります[1] 。内縁の妻は法律上の妻ではないからですね。

ベンチャー企業の社長

でも、見ず知らずの弁護士にお願いするよりは、私は信頼している熊谷先生に担当したもらったほうが安心だなぁ。そうだ!通勤中に起きた事件ですし、その従業員に対し、熊谷先生を選任するように業務命令を出したらどうなんでしょう。

法律事務所BIZの熊谷弁護士
弁護士

難しい問題ですが、憲法34条が被抑留・被拘禁者に対して弁護人依頼権を保障し、憲法37条3項が、被告人に対して弁護人依頼権と国選弁護制度を保障していることからすると、被害者等の弁護人選任権を尊重する必要があり、特定の弁護人を選任するように業務命令をすることは違法になると考えられます。

ベンチャー企業の社長

わかりました。そうすると、当社には顧問弁護士の熊谷先生がおり、困ったときは相談できることを日頃から周知させておいたほうがいいですね。

法律事務所BIZの熊谷弁護士
弁護士

そうですね。業務命令ではなく、紹介することなら問題ないので、紹介をした上で、従業員の方の意思で選任してくれればいいわけです。従業員が犯罪を起こした際に、会社が顧問弁護士を紹介して、弁護人として選任するケースは実務上ままあります。弁護士の人数が増えたとはいっても、まだ広く浸透しているわけではないので、個人の方が適当な弁護士を探すのは難しいですから、紹介してもらうのはその個人にとってもメリットがあります。

ベンチャー企業の社長

どんな事件であっても顧問弁護士を紹介してしまっていいのでしょうか。

法律事務所BIZの熊谷弁護士
弁護士

まずは顧問弁護士に引受け可能かを判断してもらうことでしょうね。事件によっては受任できないものもあります。はじめの例に出てきた知り合いの社長さんのように、事件の内容が会社に直接損害を与えるものではなく、会社としても従業員を守りたい、将来的に懲戒処分等も考えていない、というような事例であれば、受任することは可能です。一方で、会社と利益の反する事件の場合は、受任できません。例えば、従業員が、業務上横領したという事件の場合は受任しないでしょう。この場合、会社は横領された被害者ということになり、将来的にはその従業員を懲戒処分にしたり、損害賠償請求をすることもありますので、従業員とは利害が対立する関係にあるからです(弁護士法25条3号、弁護士職務基本規程27条3号参照)。このような場合には、第三者の弁護士を紹介するか、探してもらうことになります。もちろん、会社と被疑者となった従業員の双方が同意すれば引き受けることはできますが(弁護士法25条本文但書、弁護士職務基本規程28条)、弁護人は、被害者や被告人の利益のために活動しますので、会社にとってメリットはないと考えられます。

ベンチャー企業の社長

一旦は先生に相談して、先生が受任できそうなら従業員から相談に乗り、できなさそうであれば、第三者の弁護士を紹介していただけるということですね。ちなみに、先生が受任可能な場合の費用を会社が支払うことは構わないのでしょうか。

法律事務所BIZの熊谷弁護士
弁護士

基本的に弁護士との契約は被疑者となった従業員個人との関係になるので、弁護士費用の支払いについてもその従業員が負担することになります。

ベンチャー企業の社長

弁護士費用を払えるだけのお金を持っている従業員であればいいのですが、、、

法律事務所BIZの熊谷弁護士
弁護士

御社の給与からすれば余裕ですよ(笑)。もし、現金や預金を合わせて50万円未満しか持ち合わせていない従業員であれば、国選弁護人を選任することができます(刑訴法36条、同法36条の3第1項、刑事訴訟法第三十六条の二の資産及び同法第三十六条の三第一項の基準額を定める政令1条・2条)。もっとも、被疑者等の親族が、被疑者に代わって弁護士費用を出すことはよくあることです。問題は、会社も同様のことをできるかということですね。

ベンチャー企業の社長

そうです。十分な弁護をしてもらいたいから、会社が負担してもいいような場合です。

法律事務所BIZの熊谷弁護士
弁護士

被疑者等の親族が代わりに弁護士費用を出すことができるのは、親族にも弁護人選任権利があることもさることながら、弁護人が被疑者のために活動することについて、親族も積極的だからでしょう。会社は先ほどお話したとおり弁護人選任権はなく、あくまで紹介者に過ぎません。しかも、被疑者と親族ほどの濃厚な関係性はないのが通常です。ですから、被疑者自身の同意を得た上で、会社がどこまで、弁護人が被疑者のために活動するものであることを理解しているか、によるでしょうね。

ベンチャー企業の社長

そうか。会社の利益を目的として弁護士費用を出すというのは、間違いということなのですね。

法律事務所BIZの熊谷弁護士
弁護士

はい。ですから、弁護人はあくまで被疑者被告人のための活動をするということを念頭においた上で、弁護士費用を被疑者とされた従業員のために出すかどうかを検討してください。

ベンチャー企業の社長

弁護士費用を会社で出すとした場合、どのようにしたらよいですか。

法律事務所BIZの熊谷弁護士
弁護士

従業員と弁護士との間では刑事事件に関する委任契約を結びますが、それに加えて、会社と弁護士との間で、その従業員のために刑事弁護手続を行う事に関する委任契約を別途締結するとか、会社、従業員、弁護士の三者間での契約をすることになるでしょう。または、弁護士費用に相当する金額を従業員に貸付けるという方法もあろうかと思います。ただし、貸し付ける場合は返済が前提となりますので、返済条件もきちんと決めなくてはなりません。

ベンチャー企業の社長

わかりました。ありがとうございました。

法律事務所BIZの熊谷弁護士
弁護士

駆け出しの企業ですと、まだ従業員数も少ないので、一人でも欠けると事業遂行に支障をきたす可能性があります。ですので、速やかに適切な対応を取ることが重要ですから、従業員に対して万一の場合は顧問弁護士がついていることを周知させておくとよいと思います。

脚注

1. 東京高判昭和35・6・29東高刑11・6・175。

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著者プロフィール

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早乙女 宜宏

永世綜合法律事務所 弁護士

早稲田大学法学部卒業後、日本大学大学院法務研究科卒業。
顧問先等の企業法務に関する相談を多く受ける一方で、日本大学大学院法務研究科にて、刑事系科目(刑法・刑事訴訟法)の教鞭をとる。その他、警察大学校等の公的機関で講義をするなど教育業務も多い。また、スマートフォン向け六法アプリ、And六法の開発も行う。

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