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事例で学ぶ!相続法の実務 Q&A  第4回:遺産分割前に払い戻された預貯金の取扱い

著者: 日本大学商学部准教授、弁護士  金澤 大祐

事例で学ぶ!相続法の実務 Q&A  第4回:遺産分割前に払い戻された預貯金の取扱い

1.はじめに

令和元年7月1日より原則的に施行されている「民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律」(平成30年法律第72号)は、民法のうち、相続法について約40年ぶりの改正を行うものです。

改正された民法(以下「改正民法」といいます)においては、改正前民法下の実務とは異なり、共同相続人による遺産分割前に払い戻された預貯金の取扱いにつき、当該共同相続人の同意なく、当該預貯金を遺産分割の対象とすることを可能としており、その結果、遺産分割において生じる、いわゆる使途不明金問題とそれに伴う相続人間の不平等を是正しています。

そこで、本稿では、改正民法のうち遺産分割前に払い戻された預貯金の取扱いについて、Q&Aをとおして解説していくこととします。

本稿では、改正後の民法を『改正民法』、改正前の民法を『改正前民法』と表記しています。

2.Q&A

Q:Aの配偶者Bが死亡し、その後に、預金4000万円を有するAが死亡し、Aの長男Cと次男Dがその相続人となりました。Cは、Aより、特別受益に該当する1000万円の生前贈与を受けていました。また、Cは、Aの死後、Dに無断でAの預金口座から1000万円を引き出していました。

この場合に、CとDは、遺産分割でいくらの財産を取得することができるでしょうか。(【相続関係図】参照)。

【相続関係図】

相続関係図

A:改正前民法ですと、遺産分割により、Cは1125万円、Dは1875万円を取得することとなりますが、Cは、その他にも、特別受益で1000万円、無断で引き出した預金1000万円を取得しており、総額3125万円を取得しており、CD間で不公平が生じています。

これに対して、改正民法によると、Cの取得分は、総額で2500万円となり、Dの取得分も、総額で2500万円となり、不当な払戻しがなかった場合と同様の結果となります。

3.解説

(1)改正前民法下の取扱い

改正前民法下においては、共同相続人が共有持分を遺産分割前に処分した場合の取扱いにつき、明文や明確に言及した判例はありませんでした。

実務においては、共同相続人の一人が遺産分割前に遺産の一部を処分した場合には、その時点で実際に存在する財産を基準に遺産分割を行い、特段考慮しないという取扱いをしていました。そのため、遺産を遺産分割前に処分した者の最終的な取得額が処分を行わなかった者に比して、大きくなるという計算上の不公平が生じることになりました。

具体的相続分

C:(4000万 + 1000万) × 1/2 – 1000万 = 1500万
D:(4000万 + 1000万)× 1/2 = 2500万

改正前民法下による遺産分割による取得額[1]

C:3000万円(分割時の遺産)×(1500万/4000万)= 1125万円
D:3000万円(分割時の遺産)×(2500万/4000万)= 1875万円
*Cは、特別受益で1000万円、無断で引き出した預金1000万円を取得しており、総額3125万円を取得

改正前民法下においても、共同相続人の1人により無断で処分された遺産に属する財産について、共同相続人の全員が同意すれば、遺産分割の対象とすることができるとされていました(最判昭和54年2月22日家月32巻1号149頁)[2]。もっとも、無断で財産を処分した共同相続人は、同意すると、同意しなかった場合に比して、遺産分割で取得することができる財産が減少することから、同意しないことが予想されます。

さらに、不法行為や不当利得に基づく民事訴訟においては、具体的相続分には権利性がないことから、法定相続分を前提とした損害額や損失額になると考えられ(最判平成12年2月24日民集54巻2号523頁)、民事訴訟による救済では不十分であるとの指摘がなされていました。

民事訴訟による救済

C:3125万 - 500万(法定相続分)= 2625万
D:1875万円 + 500万円(法定相続分)= 2375万円

そして、改正民法においては、遺産分割前の預貯金債権の行使を認める規定(改正民法909条の2)が設けられていますが、かかる規定による場合には、遺産分割においてその清算が義務付けられることになりますが、かかる規定によらない違法な払戻しをした場合に、清算が義務付けられないとなると、極めて不当な結果となります[3]

〔改正民法909条の2〕

各共同相続人は、遺産に属する預貯金債権のうち相続開始の時の債権額の三分の一に第九百条及び第九百一条の規定により算定した当該共同相続人の相続分を乗じた額(標準的な当面の必要生計費、平均的な葬式の費用の額その他の事情を勘案して預貯金債権の債務者ごとに法務省令で定める額を限度とする。)については、単独でその権利を行使することができる。この場合において、当該権利の行使をした預貯金債権については、当該共同相続人が遺産の一部の分割によりこれを取得したものとみなす。

(2)改正民法下の取扱い

そこで、改正民法906条の2では、遺産分割前に遺産に属する特定の財産が処分された場合について、共同相続人全員の同意によって遺産分割前に処分された財産について、遺産分割の対象財産とみなし、さらに、共同相続人の1人が遺産分割前に財産を処分した場合には、当該共同相続人の同意を得ることを要しないとする旨を規定しています。

〔改正民法906条の2〕

1 遺産の分割前に遺産に属する財産が処分された場合であっても、共同相続人は、その全員の同意により、当該処分された財産が遺産の分割時に遺産として存在するものとみなすことができる。

2 前項の規定にかかわらず、共同相続人の一人又は数人により同項の財産が処分されたときは、当該共同相続人については、同項の同意を得ることを要しない。

改正民法によって、共同相続人の1人が遺産分割前に財産を処分した場合には、当該処分をした共同相続人以外の共同相続人の同意によって、遺産分割前に処分された財産を遺産分割の対象に含めることができ、より公平な遺産分割が可能となりました。

改正民法下による遺産分割による取得額

C:(3000万円 + 1000万円 + 1000万円)× 1/2 – 1000万 = 1500万円
*Cはその他に特別受益1000万円
D:(3000万円 + 1000万円 + 1000万円)× 1/2 = 2500万円

改正民法906条の2第1項は、文言上、財産を処分した者が共同相続人か否かを区別していないことから、第三者が処分した場合にも適用されますが、同項2項は、「共同相続人の一人又は数人により同項の財産が処分されたときは」と規定しており、第三者が処分をした場合には適用されないこととなります[4]

4.改正のポイントと実務上の留意点

改正民法906条の2は、改正前民法下で生じていた、共同相続人の1人が遺産に属する財産を処分した場合に計算上生ずる不公平を是正しています。

もっとも、改正民法906条の2は、令和元年7月1日より前に開始した相続については、改正前民法が適用されることに注意が必要です(附則2条)。

脚注

1. 堂薗幹一郎=野口宣大編著『一問一答 新しい相続法 平成30年民法等(相続法)改正、遺言書保管法の解説〔第2版〕』(商事法務、2020年)94-95頁(注2)を参考にしました。

2. 改正前民法下の実務においては、①払戻しをした共同相続人が預貯金を既に取得したとして、具体的相続分、現実的取得分額を計算する、②払戻しをした共同相続人が払い戻した預貯金を現金で保管しているものとして、遺産分割の対象とする、③払戻しをした共同相続人に同額の特別受益があるとの前提で具体的相続分を計算するといういずれかの方式が用いられていました。

3. 堂薗・前掲(注1)93頁

4. 堂薗・前掲(注1)98頁

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著者プロフィール

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金澤 大祐

日本大学商学部准教授、弁護士

日本大学大学院法務研究科修了。商法・会社法を中心に研究を行い、実務については、民事事件を中心に幅広く取り扱う。
著書に、『実務が変わる!令和改正会社法のまるごと解説』(ぎょうせい、2020年)〔分担執筆執筆〕、「原発損害賠償請求訴訟における中間指針の役割と課題」商学集志89巻3号(2019年)35頁、『資金決済法の理論と実務』(勁草書房、2019年)〔分担執筆〕等多数

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