ホッピービバレッジ株式会社 石渡美奈

忘れられかけていた老舗企業を数年でV字回復

ホッピービバレッジ株式会社は、今年3月に創業100周年を迎える。創業者の孫にあたる石渡美奈社長は、会社を継ぐことを決めて以来、自ら広告塔となってさまざまなメディアを駆使し、「絶滅寸前」と言われたホッピー人気を復活させた。業績をV字回復させたその陰では、さまざまな問題が起こり、人知れぬ苦労と努力があった。今回は、そのV字回復の戦略と問題克服の手法を探っていく。

これはホッピーという名の偽物だ

――順風満帆に見えるなか、失敗が何度もあったとのことですが…。

最初の失敗は「ホッピーハイ」でしょうか。
入社後まもなく、社長(前社長)を説得して、「ホッピーハイ」という新商品開発に取り組みました。ホッピーは焼酎を入れてホッピーで割るという飲み方が一般的なのですが、「最初から焼酎が入っているホッピーはないの?」という声もありました。また、マーケティングの調査によってホッピーのイメージは「ダサい」「古臭い」という結果が出たので、ちょっとおしゃれなイメージで商品化したのです。

当時、女性のあいだでも「酎ハイ」「サワー」が人気でしたから、「行ける!」と思ったのですが、これが大失敗してしまいました。「これはホッピーという名のついた偽者だ」と言われて、まったく売れませんでした。

――むしろ知名度が高いので、イメージも強かったのでしょうね。

このとき、「変えていいものと変えてはいけないものとがある」ということを学びました。

うっせきしていた不満が爆発

――ほかにも失敗があったのですか?

最大の失敗は、2006年2月のできごとです。工場での朝礼が終わったあと、工場長が暗い顔をして「お話があります」と言うのです。そして、ポケットから辞表を出して、こう言いました。
「これは私だけの辞表ではありません。工場の全員が辞めたいというので、私が代表して書きました。」

――何があったのでしょうか?

2003年に副社長になって、2005年くらいから経営とは何かという疑問を持つようになり、経営を教えていただく師匠を探していました。JQA(日本経営品質賞)の大賞を受賞した株式会社武蔵野の小山昇社長とご縁があって、弟子入りをお願いしました。
わが社を武蔵野さんのようなすばらしい会社にしたい。そのためにはどうすればいいんだろうと質問したところ、「私が教えることを素直に真似すればいい」と教えていただきました。それで、朝30分掃除をするとか、経営理念を唱和するとか、教わったことですぐにできそうなことを次から次へと取り入れました。

一つ一つは細かい小さなことなのです。でも、私が言っても社員のみんなはなかなかやってくれないということが続きました。「なぜやってくれないのだろう?」という疑問がたまり、いつの間にか「どうしてやってくれないの?」という怒りに形を変えていきました。

――すれ違いよって起こってしまった石渡社長のイライラが、逆に社員のなかにもたまっていったわけですね。

そうです。そして、その不満が爆発してしまう事件が起こります。ある日、営業から直接、工場のほうに増産の依頼が入りました。どうしても急いでこれだけ作ってほしいと。そのようなことは私が最終的に決裁していたので、工場長は私の携帯電話に連絡を入れたのですが、あいにく留守番電話で連絡が取れませんでした。

急いで決断しなければならず、工場長の一存で増産にゴーサインを出しました。あとでそのことを知った私は詳しい事情を聞きもしないで、みんなの前で工場長を一喝してしまったのです。それでみんな「もう、あの人にはついていけない」となってしまいました。

早まるなと言っただろう

――石渡社長の会社を良い方向に導きたいという思いと、社員たちのどうしていいかわからないという思いが、まともにぶつかってしまったわけですね。

はい。社員たちは「変わりたくない」ではなく「どうしていいかわからない」「説明してくれたら協力するのに」という状態でした。私は改革をあせって、「とにかく私の言うとおりにやってくれればいいから」と一方的にやってしまったのです。

理解ができないと人は行動を変えることはできません。テレビで、若手芸人さんがいきなり目隠しされて、どこかに連れて行かれしまうバラエティがあります。まさにあんな状態では不安で動けないですよね。

目隠しされて、連れて行かれて、気付いたらよくわからない船に乗せられていて、「この船は安全だから、安心して航海の任務につきなさい!」と言われても、安心して仕事なんてできるはずがありません。

行き先も知りたいだろうし、船長の考え方も知りたいだろうし、何より航海そのもののミッションも知りたいはずです。それを知ってはじめて、やる気も出ます。でも、行き先も知らせずに、「とにかくこれをやっていればいいから」とやってしまったのです。みんなが不安に思うのも当然ですよね。

――どのように解決されたのでしょうか?

師匠の小山さんに相談しました。そうしたら、「バカ者!」といきなり怒られて、「早まるなと言っただろう」「急いだお前が悪い」とバッサリと切り捨てられました。「このままでは工場の全員が辞めてしまって、生産がストップしてしまいます」と半泣きで申しあげたら、「わかった。こぶしを上げてしまったもの同士、本人たちでは下ろせないこともあるから、私がとりなそう。」と言ってくださったのです。

そして、社長(前社長)と工場長に「あなたたちが正しい。急ぎすぎたこの娘が悪い。でも、そもそもこの娘に悪いことを教えたのはこの私です。どうか私に免じて許してもらえないでしょうか。」と言ってくださったのです。

この事件を通じて、私は人の心理を無視して経営をしてはいけないということを教わりました。それ以来、私の想いや向かっている方向、なぜそれが必要なのかなど、日々いろいろな方法で、社員たちに伝え、理解できているのかを確認するように私の行動が大きく変わりました。

「とにかく言うとおりにやればいい」と頭ごなしに指示をしたことで、社員の不満が爆発してしまいました。石渡社長はこれを教訓に、社員たちとのコミュニケーションの重要性を痛感したと言います。次回は、次の大きなトラブルである商品自主回収事件、そして石渡社長が現在学んでいる早稲田大学院でのことについて伺います。
投稿日:2010年3月10日
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