石渡美奈

彼女はパソコンで遊んでいる

――3月6日(2010年)に、代表取締役社長にご就任なされたとのことでおめでとうございます(インタビューは、2010年1月)。ホッピーは、立ち飲み屋ブームや昭和レトロブームなどの後押しもあって業績が好調ですが、石渡さんが入社したころ、ホッピーは絶滅寸前などと言われていたそうですね。

ありがとうございます。絶滅寸前と言われていたのは、その通りです。立ち飲みが話題となり始めた7~8年前の話ですが、立ち飲み屋を特集したあるムック本が発売されました。その記事に「絶滅寸前だったホッピーが…」と書いてあったのです。
確かに、当時は最盛期と比べると売上も下がっていましたので、知名度が低いとは認識していましたが、世間ではそこまでに思われていたのかと、びっくりしました。

――その絶滅寸前などと言われたホッピーの業績をV字回復させることに成功されました。売り上げは、5年間で3倍に成長。これはものすごい数字だと思います。大きな要因の一つに「空飛ぶ看板娘」の異名を取るほど、ご自身が広告塔となって活躍されたことがあるかと思います。そのあたりの戦略についてお聞かせください。

きっかけは「HoppyでHappy党」という、ホッピーの勝手連的な応援団が結成され、彼らが“パソ通”の時代からネット上でコミュニティを作って、盛り上がっていらしたのを知ったことと、会社に「ホッピーはどこで飲めるのか?どこで買えるのか?」というお問い合わせが多かったことです。
そのとき、某有名電機メーカーに勤めている友人に相談すると、「これからはインターネットの時代が来るよ。知名度のあるホッピーには向いているんじゃないか?」と薦められました。

なるほどと思って、e-ビジネスの勉強を始めました。当時、会社の平均年齢は50歳。「パソコンなんて、そんなゲームみたいなもの、なくても仕事はできる」という人ばかりでした。父親の前社長でさえ、「娘はパソコンで遊んでいる」と思っていたようです。社内が「あのうるさい跡取り娘がパソコンに向かっているあいだは静かだから、やらせておくか」という感じだったので、逆に、私は思う存分にパソコンに取り組めました(笑)。

――そして、ホッピーのサイトを立ち上げるわけですね。

毎日、何か新しい情報を発信しなければ、見に来てもらえないと考えました。そこで書くことが好きという自分の強みを活かして、「看板娘ホッピーミーナのあととり修行日記」というブログを始めました。このブログがきっかけで、「ワールドビジネスサテライト」(テレビ東京の報道番組)や「タモリ倶楽部」(テレビ朝日系列のバラエティ番組)で、わが社を取り上げていただくことになり、ありがたいことに宣伝効果は大きかったですね。

一方、飲食店だけでなく、量販店やスーパーで一般消費者向けに販路を拡大していたときでもありました。わが社の営業マンが店舗に売り込みに行くと、そのお店からもっと商品の広告宣伝をして欲しいという要望をひんぱんにいただきました。「予算がないというのはおたくの都合ですよね。お客さまにとっては、大手メーカーの商品と同じに比べるのだから、知名度で負けている商品は売れないよ。」と言われたのです。

でも、大手メーカーさんのように宣伝する体力はないし、どうしようと思っていたら、ある人から「あなたが広告塔になればいい」とアドバイスされました。なるほどと思い、私自身が自分の言葉でホッピーに対する自分の想いを伝えるようになりました。

――ラジオ番組も人気のようですね。

おかげさまで、いろいろな方が話題にしてくださいます。高見沢俊彦さん(THE ALFEE)と番組をご一緒させていただいたのも、高見沢さんがホッピー好きでいて下さったことがきっかけです。
先日は、現在の番組「看板娘ホッピー・ミーナのHAPPY HOOPY BAR」(ニッポン放送系列)の後の時間帯にやっている「オールナイトニッポン」で、吉田拓郎さんと坂崎幸之助さん(THE ALFEE)がホッピーの話をしてくださっていました。ありがたいですよね。私もオンエアを聞いて嬉しくなりました。

東京という大きな駐車場がある

――ホッピーのラッピングをしたトラック「ホピトラ」も斬新なアイデアですね。

都バスの車体の広告ラッピングが始まったころ、「あれはいい!」と思って、やりたかったのです。しかし、わが社の予算ではほとんど人がいないような路線にしか広告を打てないとわかり、バスのラッピング広告をあきらめかけていたころ、ある物流会社から「うちのトラックをラッピングして、ホッピートラックにしましょう!」というご提案をいただきました。「これだ!」と思いまして、お願いすることにしました。


物流のトラックは、発注が確定して次の詰め込み作業に入るまで、昼間に3~4時間のアイドルタイムが発生します。工場は狭くて停めておけませんし、近隣での待機は住民にご迷惑が掛かります。

「だったら、東京という大きな流れる駐車場があるじゃないか!」
そんな発想の転換で、どうせ置いておくなら、広告代わりに繁華街を走ってもらおうということになりました。物流会社さんにとっても、販促運行の部分は、純利益になりますから、びっくりするような低予算で引き受けていだたくことができたのです。

――石渡社長の入社後、順調に業績回復してきたのですね。

いえ、とんでもありません。失敗の連続です…。

自ら広告塔になって業績をV字回復させた石渡社長。しかし、けっしてすべてが順調に進んだわけではないと言います。次回は、ホッピービバレッジと石渡社長を襲った大事件とその対処法、さらにはその陰でアドバイスをくれた師匠の存在について語っていただきます。
投稿日:2010年3月17日
  • ご意見・ご感想

■この記事の評価(最高評価:★5)

0

■ご意見・ご感想はこちらからお願いします(任意)

« コラムの王様トップ »
このページの上部へ