桜井淑敏
前回は、どんな組織のリーダーも悩んでいる「どうやって人を動かすのか」という手法について、桜井さん独自の視点から語っていただきました。世界を制したマネジメントとは?本田宗一郎から受け継ぐホンダイズムとは?今回も引き続いて、その本質に迫ります。

30%で成功する可能性があったら、その部下を登用する

――桜井さんはフォードに技術指導に行かれて、そのままフォードに移ろうと思ったことがあったそうですね。そのとき、ホンダではアコード1800の開発責任者のポストを用意していた。上司とか会社が社員一人ひとりをしっかりと見ているというのは、ホンダの特徴なのでしょうか?

当時のホンダにはわりとそういうところはありました。一人ひとりの個性を見て、ラジカルな手を打つっていうか。アコード開発のチームリーダーになったときは、こっちが驚きましたから。何十人も集まった会議室に呼び出されて、「君、そこの真ん中の席に座りなさい」とか言われて。そうしたら、「君たちはこれからアコード1800という車の 開発をするチームです。そして、そこにいるのが、チームリーダーの桜井君です。」なんて言われてしまって。何の前触れもなくですからね。

こういう例は結構あるんです。設備関係の課長だった人がいたんですが、彼は研究所のいろんな設備についてバックアップするという、まあ、いわば縁の下の力持ちみたいな人だったんです。 その人を突然呼び出して「明日からイギリスに行ってくれ」って言ったんです。実は、そう命じたのは私なんですが、イギリスにF1の工場を作るから、その責 任者として行ってくれと。これこれこういう結果が出るまで帰るなとか言いましてね。本人が一番びっくりですよ。でも、それから3ヶ月の間で、彼は頑張って結果を出して帰ってきたんです。私はいつも部下にポジティブな驚きを与えたいと思って仕事をしていました。

ポジティブな驚きには大変さも伴います。与えるほうにも与えられるほうにも。でも、もし30%の確率で成功する可能性があったらその部下を登用します。30%で登用される部下は驚くと同時に、ものすごくやる気が出ます。そして、大抵の場合、いい仕事をしてくれます。これが50%だと、本人が「まだかまだか」となってきます。70%だと、任されても「やっとオレのところに来たか」となります。いずれにしても、プラス要因にはなりません。

――機能マネジメントではなく、個性マネジメントが大事なんですね。そういう意味では情報技術が発達した今だからこそ、インターネット会議と かじゃなくて、例えば定期的にチームスタッフみんなが102日泊り込んで、フェイス・トゥ・フェイスで話をするということも必要なのかもしれませんね。

うーん、私も半分はそう思っているんですが、実際にそれをやることによる弊害も同時に考えてやらないといけないだろうとも思うんです。つまり、その会議を主催する側に相当な配慮とか愛情がないとうまくいかないだろうなと。例えば、家族が病気なのにもかかわらず、無理して集まってきたんじゃないかとか、そういうところまでしっかり配慮してやれるかどうか。もちろん、フェイス・トゥ・フェイス、同じ釜の飯を食うっていうのはとても大事なことでね。
すごく重要なんですが、リーダーの配慮があることという条件つきであって、一般論としては勧められないかな。

帰ってくるともう目の色が違う


――本田宗一郎というかたは、やはりチャレンジ・スピリットとか、ものごとをつきつめて考えるとか、そういった点でかなり優れた方だったと思うのですが、桜井さんが本田宗一郎さんから学んだことで今でも印象深いことというとどんなことがありますか?

それはもう一言では言い表せませんよね。本田宗一郎がいたからこそ、私もエネルギーを最大限に発することができました。印象深いということで言えば、BtoCの基本みたいなことを教わりましたね。会社って案外、余計なことが多いじゃないですか。でも、彼は「大事なことは自分とお客さんとの結びつきしかない」ということを教えてくれました。お客様からのクレームが一つでも彼の耳に入ったら、それだけで設計変更を命じていましたから。クレームが入るたびに設計変更するんです。まあ、さすがにそれでは効率が悪すぎるので、彼が引退してからはなくなりましたけど(笑)。

先回りしてクレームを防ぐ部署とかシステムを作ってですね。でも、こうした精神はまだ残っていると思いますよ。例えば、毎年、20人くらいの技術者が予告もなく呼び出されて、「明日から一週間、販売店に行きなさい」と言われるんです。技術者を販売店に派遣して、お 客様と接する現場を自分の目で見させるわけです。販売店のスタッフたちは、もうここぞとばかりに言いたいことを言いますよ。あれがダメだ、これがダメだ、 こうしたほうがいいってね。

――営業現場の声が技術者、開発者にじかに届くわけですね。

もちろん、販売店からの意見を吸い上げる部署が本社にあるんですけど、一販売店の細かな意見を本社に上げようとしてもなかなか難しいんですね。
本社のほうでも、たくさん上げられている要望のうちの一つになってしまいますし、そもそも、地域の販売会社がまとめる段階でふるい落とされてしまったり。でも、目の前に本社の技術スタッフが来たらどうでしょう。言いたいことを思いっきり言いますよね。

技術者たちも、帰ってくるともう目の色が違いますよ。今度は彼らが開発チームにガンガン言いますよ。「お客様はこう思っているんだ!」ってね。戻ってきてすぐは、モチベーションもものすごく高い。でも、だんだん落ちてきて、一年くらいすると忘れちゃう。だから、毎年、忘れた頃にまた販売店に派遣される。本社にも営業という肩書きを持った人たちはいるんですが、彼らは販売店とか販売会社に対する営業指導をするのが仕事なので、BtoBなんです。
Cのほうを向いていないんですね。だから、ちょっと油断するとCを見ている人がいなくなってしまう。それじゃ、ダメなんだということなんです。

勝てないレースはやるべきではない

――ところで、F1の話ですが、最近のホンダはなぜ勝てなくなってしまったのでしょうか?※

(※編集部註)
2008年12月5日に、ホンダがF1撤退を正式発表しました。インタビュー取材は、それ以前のものです。

それは……私も知りたいくらいですが(笑)、まあ、当時やっていたこと、つまり今言ってきたようなことですが、それらをやらなくなってしまったからかもしれません。また、本田宗一郎がいなくなったということも大きいのかもしれません。当時は「本田宗一郎だったらどうするだろうか」と考えるだけで、自ずと答えが出たんですね。今はそれができなくなってしまったのかもしれません。もし、本田宗一郎が生きていて、今の状況を見たとしたら、「もうF1はやめろ」と言うんじゃないかと思いますね。勝てないレースはやるべきではないというのが彼の考え方でしたから。

彼も私もそうですが、別にレースが好きなわけじゃないんです。よく、「本田宗一郎はレース好きだった」なんて言う人がいますが、そうじゃない。彼も 私も勝つことが好きだったんです。世界一になりたかったんです。もしレース以外に世界一になれる方法があるなら、そっちをやろうってなるんです。

――今は勝つことへのこだわりが当時と比べて薄れているのかもしれないと。

ええ。だから、「勝てないならやめろ」と言うはずなんですね。現場がその本田宗一郎の「やめろ」を跳ね返そうと思ったら、それはもう、ものすごいエネルギーが必要になりますよ。その「やめろ」を乗り越えるエネルギーが出せれば、きっと勝てますよ。でも、残念なことにそれが出ない。
今のホンダはレース好きの集団になってしまったのかもしれません。レース好きは、勝ちたいけれど勝てなくてもレースをします。レース自体が好きなんですから。でも、勝つことが好きなら、勝てないレースはやりたくないし、やるからには勝ちたいって思うわけです。

このインタビューで語られた「人材登用と現場主義」というその独特の手法には、様々なことに気がつかされた経営者やリーダーは多かったのではないでしょう か。次回は、アイルトン・セナや本田宗一郎といった桜井氏に影響を与えた人たちのエピソードを中心に、仕事や人生における考え方について伺います。次回も 必見です!
投稿日:2008年12月17日
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