[社長インタビュー第1回]

被災地の復興はこれからだ!

2012/3/7

お笑いタレント アントキの猪木
インタビュアー:越石一彦、構成:木村俊太

モノマネ芸能人が被災地でボランティア団体を立ち上げた

プロレスラー・アントニオ猪木のモノマネで有名なアントキの猪木さん。彼には、テレビやライブで見られる芸能人としての顔とは違った顔がある。東日本大震災の被災地支援をするボランティア団体「TSUNAGARI project」を立ち上げたり、ラグビー日本代表を応援する団体「わっしょい!JAPAN」を運営するといったボランティア活動家としての顔だ。芸能人としての仕事をやりつつ、こうした活動を、継続的に行っているその原動力はどこにあるのか。その秘密に迫りつつ、同時に新しいことへと一歩踏み出す勇気や元気を出すための秘訣をも探る。

震災後、真っ先に被災地へ

復興支援のボランティア団体を立ち上げたアントキの猪木氏

――アントキの猪木さんは、東日本大震災直後、すぐに被災地に行かれ、また被災者支援、復興支援のボランティア団体を立ち上げるなど、テレビで見る芸能人の顔とは違った側面での活動を積極的にされています。現在でも時間の許す限り、被災地に行かれていますが、そうした活動をされるようになったのはどういった経緯だったのですか?

被災地の状況を目の当たりに見てしまったからでしょうか。もともと、考える前に行動してしまう性格なので、震災後、とにかく被災地に行かなくてはと思い、宮城県の南三陸町に行きました。

最初は戸惑いもありました。被災直後ですから、まだお笑いを見る余裕もありませんし、ここでライブをやっていいものかと迷いました。でも、やってみたらとても喜ばれたのです。

さらに現地で避難所の人たちを支援しているリーダーの方が、自身の家族の捜索もせずに、避難生活されている方々のために一生懸命に働いているのを見て、「俺たちにも何かできるんじゃないか」と思ったのです。

そこで、「TSUNAGARI project」という団体を作ったところ、賛同してくれる人たちが集まりました。現在も南三陸町を中心に、復興支援活動をしています。

――震災当初、モノマネのライブ以外に具体的にはどのような活動をされたのでしょうか。

炊き出し、物資の運搬、がれきの撤去……もう、やれることは手当たり次第にやりました。現地に入ったときは自衛隊が到着する前だったのですが、到着後は自衛隊との連絡係のようなこともやりました。

――支援だけでなく、被災地の方々との生の交流がとても喜ばれたそうですね。

避難所や仮設住居に泊めていただいて、子どもたちと一緒に遊んだり、地元の漁師さんたちとお酒を飲んだりしました。みなさんがおっしゃるには、「支援に来ていただけるのはありがたいが、どうしても気を使うので、気を使わずにお酒を飲んだりできることはありがたい」とのことでした。漁師さんたちと遅くまで麻雀して楽しかったです。そういう気を使わない生活、ちょっとだけはめをはずした生活ができたのは久しぶりで、とても楽しかったと言われました。

――震災当初は混乱もあって、炊き出しなどは許可がないとダメだとも言われたそうですね。

私自身が役所に勤めていたこともあるので、役所の体質というのはわかっていたのですが、緊急時の混乱ぶりはたいへんでした。物資が行き届いていなくて、「これをください」とお願いすると、「それはあっちに聞いてくれ」と言います。そこへ行くと、今度は「いや、それはあっちに」と言われ、さらにそっちに行くと「それはあそこに聞いてくれ」と元のところを指示されました(笑)。まさに、たらい回しとはこのことでした。

もっとびっくりしたのは、緊急時にもかかわらず、役所の人が5時過ぎたら電話に出ないのです。電話が鳴っても無視して出ない。「緊急連絡だったらどうするんですか」と言っても出ないので、仕方なく私が電話に出ていました(笑)。

被災地でビジネスを生み出す

ボランティア活動を行うアントキの猪木氏

――震災から早くも1年ですが、現在もボランティア活動を続けておられます。その原動力はどこにあるのでしょうか。

被災地の様子を目の当たりにしたから、ということはありますね。リーダーの人と語り合ったり、漁師さんたちと飲み明かしたりしたからです。現地の状況を把握しているので、これもやりたい、あれもやりたいということが出てきて、気がついたら1年が過ぎていました。

元どおりに復興すればボランティアも終わるのかもしれませんが、まだまだ先になると思います。現地の方にも「最低、10年は通いますよ」と言ってしまいました(笑)。

――いまでもまだまだボランティアが必要とされているのですね。

よく、「もう、やることなんてないでしょう」と言われるのですが、そうではありません。むしろ、いまこそボランティアの力が必要とされていると思います。がれきの撤去は徐々に進んではいますが、撤去したあとには何もありません。漁師さんたちも人手が足りないので、手伝いが必要です。漁師さんに「わかめ漁を手伝わせてください」と言えば、「素人が簡単にはできないぞ。乗れ!」という感じできっと船に乗せてくれることでしょう。とにかく行って、行動することです。

――最近は被災地の報道が減っているので、ついつい「もう復興したのだろう」と勝手に思ってしまいます。

これからですよ。ボランティアの数も震災当初に比べてすごく減ってしまっているのですが、とにかく被災地に行ったらやることは山ほどあります。

まだ、仮設住居に住んでいる人もたくいるのですが、いつかはそこから出なければなりません。でも、家を借りたりするにも仕事がない。だから、「TSUNAGARI project」でも、被災地に仕事を作ろうという取り組みをしています。

――仕事を作ると言いますと、例えばどのようなことをされているのでしょうか。

一例ですが、女性のみながミシンでエプロンを作って、ネットで販売したりしています。「夢エプロン」というものです。ミシンの数が足りないので、「TSUNAGARI project」ではミシンの提供も募っています。

――いつも感心させられるのは、常に全力で取り組んでおられますよね。

自分では、思ったことをやっているだけなのです。ただ、100やったうち、実際に実になるのは数えるほどです。だからこそ、いろいろやって、実になる数を増やしたいと思っています。

私のこれまでの人生が、まずやってみて、ダメだったらまた別のことをやってみるという繰り返しでした。やろうかやるまいかと考えている暇があったら、まずやってみる。やってみることで、まわりが賛同して人も集まって来てくれます。

――そういう考え方はもともと持っておられたのですか。

そうですね。もしかしたら、役所勤めのときの最初の上司の影響が大きいかもしれません…。

来週の回では、アンノキの猪木さんが強く影響を受けたという、役所勤め時代の上司の方の行動や考え方、またそもそもモノマネ芸能人になった経緯などについて語っていただきます。

<第2回:強い相手には組織で立ち向かえ!>

インタビュアー:越石一彦、構成:木村俊太

投稿日:2012年3月7日
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