編集者: |
大学時代には発酵工学を専攻されていたそうですね
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中 村: |
そうです、菌の発酵の具合などを観測して、対数化し、それをグラフに落としこんだりしていました。
当時はコンピュータがなかったので、計算尺を使ったりして、ひとつひとつの座標点を割り出していました。
ですから、ひとつの点を探し出すために何時間もかかりました。
なかなか大変な作業でしたが、データが集まって何らかの法則が見つかったときは、うれしかったものです。
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編集者: |
その研究は仕事に生かすことができましたか。
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中 村: |
もちろんです。
前職ではキリンビールで品質管理を担当していましたから、その知識は大いに役立ちました。
その過程で開発した検査用のシャーレは、後に商品化され日本中で使用されるようになりました。これは私のチョットした自慢です。
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編集者: |
それにしても技術畑にいた方が、どうして経営に関心を持つようになったのですか。
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中 村: |
経営というより、人間に関心を持つようになったのです。
しだいに心理学にハマり、ついにはユングや河合隼雄の本を読み漁っているうちに、技術屋を辞めてもいいかなと思うようになったのです。
そんな折、ボストンのMIT(マサチューセッツ工科大学)に留学する機会をもらい、MBAを取得することができました。
そして、人の心を掴むという意味では、心理学も経営も似ていると感じ、経営に関心を持つようになったのです。
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編集者: |
なるほど、ナガノトマトの社長に就任した背景にそれがあるんですね。
そのナガノトマトというのは、文字通りナガノ(長野県)にあるトマトの会社ということですか。
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中 村: |
そうなんです、ナガノトマトの前身は、長野県購買販売連合会村井工場というところで、57年に長野トマト(株)として独立しました。
その後、同社はキリンビールの傘下に入り、(株)ナガノトマトになったのです。
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編集者: |
キリンビールは、どういった理由で、ナガノトマトを傘下に入れたのでしょうか。
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中 村: |
当時のキリンビールは、ビールの売上げが頭打ちになっていたこともあって、新しい事業展開を模索していたところでした。
そこで、ナガノトマトを傘下にして、キリンブランドで高品質なトマト製品を、売り出そうということになったのです。
また、アルプスの豊富な水資源にも注目していました。
その水をキリンの清涼飲料水に活用しようというネライがあったのです。
一方、ナガノトマト側としては、安定した経営体制と雇用を得ることができるというメリットがあったわけです。
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