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商売魂



 2008.03.11

50年の伝統と地元産にこだわる経営戦略が 不動のマーケットをつくる!

〈ゲスト〉
中村 仁(なかむら・ひとし)
大阪大学工学部卒業。76年キリンビール入社。技術畑からスタートし、品質管理やビール製造技術に携わったが、人や組織といった経営への道を志して米国MITに経営留学。その後、94年キリン香港社長としてアジアでのキリン販売網をつくり、台湾でのキリンの医薬品子会社社長、医薬カンパニー長期経営構想検討チームリーダーなどを歴任。05年3月ナガノトマト社長に就任後、現在に至る

赤福による製造日偽装などで、食品業界に対する不信感が高まっている。
が、長野県松本市のナガノトマトは地元の食材を生かして、食の安心・安全にこだわりつづけているという。
その商品はモンドセレクションで最高金賞を受賞するなど折り紙つきだ。しかも、地元農家とトマトの契約栽培をするなど農家所得の向上や雇用促進にも貢献している。まさしく町おこし村おこし企業、さっそく中村仁社長にナガノトマトの成功の秘ケツについて聞いてみた。

 技術屋から経営者に華麗なる転進を実現

編集者:

大学時代には発酵工学を専攻されていたそうですね

中 村:

そうです、菌の発酵の具合などを観測して、対数化し、それをグラフに落としこんだりしていました。
当時はコンピュータがなかったので、計算尺を使ったりして、ひとつひとつの座標点を割り出していました。
ですから、ひとつの点を探し出すために何時間もかかりました。
なかなか大変な作業でしたが、データが集まって何らかの法則が見つかったときは、うれしかったものです。

編集者:

その研究は仕事に生かすことができましたか。

中 村:

もちろんです。
前職ではキリンビールで品質管理を担当していましたから、その知識は大いに役立ちました。
その過程で開発した検査用のシャーレは、後に商品化され日本中で使用されるようになりました。これは私のチョットした自慢です。

編集者:

それにしても技術畑にいた方が、どうして経営に関心を持つようになったのですか。

中 村:

経営というより、人間に関心を持つようになったのです。
しだいに心理学にハマり、ついにはユングや河合隼雄の本を読み漁っているうちに、技術屋を辞めてもいいかなと思うようになったのです。
そんな折、ボストンのMIT(マサチューセッツ工科大学)に留学する機会をもらい、MBAを取得することができました。
そして、人の心を掴むという意味では、心理学も経営も似ていると感じ、経営に関心を持つようになったのです。

編集者:

なるほど、ナガノトマトの社長に就任した背景にそれがあるんですね。
そのナガノトマトというのは、文字通りナガノ(長野県)にあるトマトの会社ということですか。

中 村:

そうなんです、ナガノトマトの前身は、長野県購買販売連合会村井工場というところで、57年に長野トマト(株)として独立しました。
その後、同社はキリンビールの傘下に入り、(株)ナガノトマトになったのです。

編集者:

キリンビールは、どういった理由で、ナガノトマトを傘下に入れたのでしょうか。

中 村:

当時のキリンビールは、ビールの売上げが頭打ちになっていたこともあって、新しい事業展開を模索していたところでした。
そこで、ナガノトマトを傘下にして、キリンブランドで高品質なトマト製品を、売り出そうということになったのです。
また、アルプスの豊富な水資源にも注目していました。
その水をキリンの清涼飲料水に活用しようというネライがあったのです。
一方、ナガノトマト側としては、安定した経営体制と雇用を得ることができるというメリットがあったわけです。

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