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ビジメンタリー



 2007.12.07
ローカル線の生き残り戦略
過日、10月14日、さいたま市大宮区に鉄道博物館がオープン。
以来、ものすごい人出でにぎわっているという。
が、一方で地域のインフラであるローカル線はつぎつぎと廃線になっているそうだ。
さっそくその現状とローカル線再生の取り組みをレポートしてみたい。

戦後、鉄道は地域の生活や経済の要として機能してきた。
が、沿線の人口減少や少子高齢化、モータリゼーションの普及により、鉄道利用者は減少傾向に。とりわけ過疎化が進む地域の地方鉄道の経営状況は非常に苦しくなっているという。
現に、鉄道による輸送人員の推移を見ると、昭和62年から約19%が減少。
鉄道会社の社員数は同じく昭和62年から28%も減少している。
そして、経常収支については、全体の78%が赤字経営となっている。

こうした状況にあって「多くの鉄道会社は人員削減などを行い、合理化するための努力を行ってきた。が、その努力だけでは限界にきている」と話すのは国土交通省鉄道局鉄道業務政策課地域鉄道戦略企画官の千葉氏。
しかも、鉄道は人命を預かる身、安全面に最大の配慮を払う必要があるが、施設の現状を見てみると、多くの路線で老朽化が深刻な問題になっているそうだ。
「車両などの老朽化にともない、各地では新たなニーズへの対応が困難になる。そのために、さらに利用者が減少するという悪循環に陥っている」と。

もちろん、国交省もこういった状況を黙って見ているわけではない。
「地域、事業者、自治体が主体的に安全・安定な鉄道輸送を確保する意思がある場合は、国としても支援していく必要がある」と。
実際、国交省は事業者に対して、年間25億円前後の補助金を当てている。
しかし、これだけではローカル線を元気にすることはできない。
元気なローカル線はそれぞれが独自な取り組みをしながら、経営を維持しているのだ。

 第3セクターが赤字から黒字に転換

まず紹介したいのがローカル線のなかで見事に黒字化を達成した第3セクター。
信越本線(軽井沢駅〜篠ノ井駅)を運行しているしなの鉄道(株)である。

この路線が第3セクター化されたのは北陸新幹線が開業されたときのこと。
この際にJR東日本から経営移管された信越本線を運営するための第3セクターとして、しなの鉄道は設立されたそうだ。
しかし開業時から、同社の経営は苦しかったという。
01年9月の中間決算では累積赤字が24億円を上回り、債務超過の状態になっていたそうだ。
「旅客数が減少していると同時に、開業時はJRからの出向が多く、人件費が膨らんでいた。そのため、どうしても赤字が膨らんでいった。また、コスト管理を徹底できていなかった部分があったのかもしれない」と話すのは経営企画課長の和田氏。

とはいえ「この路線には可能性が十分にあった」と和田氏。
というのは、路線のなかに軽井沢という一大観光地があり、シーズンごとに安定した旅客数を得ることができていたからだ。
そこで、同社は経営トップを民間企業から招いて、経営改革に取り組むことに。
「第3セクター化した当初、社長は長野県からの出向だった。が、経営悪化にともない、経営者を変えることになった。そして、02年のときにHISから杉野正氏を招いて、経営改革を実施した。現在は元スカイマークエアラインエアラインズ社長の井上雅之氏が経営トップを務めている」そうだ。

こうした民間企業の経営方針が、しなの鉄道の雰囲気をガラリと変えた。
たとえば、観光客が多い日は、軽井沢などで従業員が率先してバザーを開催。
少しでも収益をあげるように物販に努めているという。
「駅には人が集まる、この特性をフル活用することで、鉄道全体の経営状況を良くすることができる。バザーなどの物販はもちろんのこと、広告収入だって拡大することができるはずだ」と。

また、同社はイベント列車も頻繁に走らせている。
定番の「ビール列車」のほか、電車のなかでボジョレーヌーボーを堪能できる「ボジョレーヌーボー列車」など。
「ウチの路線はひと駅間の距離が長いこともあって、企画列車を走らせるのにはちょうどいい。これからもいろいろな列車を走らせていきたい」と。 

こうした取り組みが奏功し、旅客数の減少は下げ止まった。
「たしかに旅客人員はずっと落ち込んでいる。が、この2、3年間は落ち込み方が減少してきている。その前までは2.5%のペースで落ち込んでいたが、この2、3年は1%切るところまで回復してきている。おかげで、黒字化を達成することができた」そうだ。

ちなみに、同社は今年で設立10周年を迎える。
現在、10周年を記念してコンサートやイベントを開催しているそうだ。
「ここまで頑張ってこれたのは、ひとえに地域住民の皆さんのおかげだと思っている。記念グッズも売り切れ続出だ。これからも地域とともに頑張っていきたい」と話している。

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