
専業主婦だった二児の母がベンチャー社長に
電車に乗るとき、どの車両に乗れば便利かが一目でわかる“のりかえ便利マップ”。駅でよく見るポスターだが、これは一人の専業主婦が自ら調べ、形にし、鉄道会社に売り込むことで誕生した。その人こそ、株式会社ナビットの福井泰代社長だ。ひょんなことから会社を立ち上げることになり、あれよあれよという間に、大きな会社に育て上げた福井社長のビジネスの原点は、旅館の女将である母親から学んだものだった。「私は会社の女将だ」という、福井社長の経営哲学に迫る。
食らいついたら離さない「すっぽんの福井」
――”のりかえ便利マップ”は、すぐには鉄道会社に採用されなかったんですか?
最初はもう「けんもほろろ」でした。先方は開口一番「あんた、鉄っちゃんかい?」と言うんです。「鉄っちゃんって何ですか?」と聞いたら、「ああ、あんたは女だから、鉄子だな!」と言われました。
――鉄道マニアのことを、「鉄っちゃん」と呼ぶんですね。

そうなんです。そんなこと、全然知りませんでしたから、何を言われているのか、さっぱりわかりませんでした。“のりかえ便利マップ”のことを話しても、「そういうのは、特定の車両が混んじゃうから、わざと作らないんだよね」なんて言われて、まったく相手にされなかったんです。
でも、地下鉄全駅調べた手間と時間と費用を考えたら、簡単には引き下がれないと思いました。駅に貼ってもらうというのも絶対に譲れないと思いましたから、相手に嫌がられない程度に間をあけて、通い続けました。
――粘り強く営業したわけですね。
あとで「すっぽんの福井」なんて、ありがたくない呼び名をされてしまったんですが、その片鱗はすでにあったのかもしれません(笑)。でも、進展はまったくありませんでした。
――どこに転機があったのでしょうか。
2年くらい通い続けたでしょうか。担当の方から連絡があって、「人を集めてあげるから、話してごらん」とおっしゃるんです。とても開きそうになかった扉が、少しだけ動いたと思いました。
ところが、約束の当日、東京はものすごい大嵐に見舞われまして、いわゆるドタキャンをしてしまったんです。これで「もうだめだ」と半ばあきらめかけたんですが、ありがたいことに、再度、時間をいただけることになりました。
――そこで前進があったわけですか?
一度、ドタキャンしていますから、もうどうなることかと、戦々恐々として出掛けて行ったんですが、行ってみると、みなさんニコニコしているんです。それで一生懸命に説明させていただいたところ、「採用してあげるよ」と、思ってもみなかった返事が返ってきたんです。こちらが拍子抜けしてしまうくらい、あっさり採用されました。
1本の木を林にし、森にするのが起業家
――何があったのでしょうか?
営団地下鉄さんのトップである総裁が替わったばかりでした。新総裁になって「お客様の立場に立って、わかりやすい地下鉄を目指そう!」という方針に変更されたとのことでした。あと関係あるのかわかりませんが、その日はボーナスの支給日で、みなさん、機嫌がよかったようです(笑)。
「まずは銀座線だけ」という契約でしたが、ついに地下鉄の駅に“のりかえ便利マップ”が貼られることになりました。それを見たときには、それまでの苦労が報われた思いがして、本当にうれしかったですね。
――そして別の路線、別の会社にも広がっていくんですね。
大企業、大事業体と取引しているという実績は、私の想像を超えるほど大きなものでした。営団地下鉄さんと取引しているという実績を言うだけで、とにかくそれまでの反応が嘘のようによくなりました。門前払いがなくなったんです。そして、およそ半年後には、都営地下鉄さんでも採用になりました。
――のりかえ便利マップのような発明品を売り込む会社から、現在のようなデジタルコンテンツやシステム開発の会社に移行するのには、何かきっかけがあったのでしょうか?
テレビ番組がきっかけでした。その番組では出演していた方が、「発明家と起業家との違い」についてこうおっしゃっていたのです。

『発明家は今日は下駄を考えたら、明日は扇風機を考えて、明後日はガラス拭きを考える。そんなふうに、毎日、違ったものを考えるけれど、起業家というのは1つのものをいかに大きく育てて、数を増やしていくかを考える。1本の木をどうやって林にし、森にするかを考えるのが起業家なんです。』
なるほどと思いました。私は発明家ではなく、起業家になろうと誓いました。「うちの会社にとって林や森にするための木はなんだろう?」と考えてみると、のりかえ便利マップのような情報だなと。そこで、人をナビゲートするという意味で、カーナビならぬ「マンナビ」をキーワードにしようと決めました。
「アイデアママ」という社名はどうしても発明をイメージしてしまいますので、ウサギのようにぴょんぴょんとナビゲートするという意味で、「ラビット」と「ナビゲーション」をくっつけた造語を作り、「有限会社ナビット」という社名に変更しました。その後、JR東日本企画さんと取引するにあたり、なぜか「有限会社ではちょっと」ということになり、現在の「株式会社ナビット」となりました。
本物の鉄っちゃん登場

――御社の特徴の1つに、全国25,000人という地域特派員のネットワークがありますよね。これはどういうところから生まれたのでしょうか?
のりかえ便利マップの前身が手帳や雑誌に載った頃に遡ります。ある日突然クレームがありました。「地下鉄銀座線と丸の内線にはパンタグラフはない!」と言うんです。
「地下鉄のどの車両に乗ると便利か」というのを、電車のイラストで紹介していたんですが、その電車の絵にはデザインでパンタグラフがついていました。でも、彼が言うには「銀座線と丸の内線は、線路脇から電気を取っているのでパンタグラフがあるのはおかしい」と。
こちらとしては、「デザインとしてついているだけです」と説明するのですが、納得してくれません。よくよく聞いてみると、彼は早稲田大学の鉄道研究会の人でした。
――本物の「鉄っちゃん」だったわけですね。
そうなんです。べつにイラストにパンタグラフがついていようがいまいが、乗り換えるのにどこの車両に乗ったら便利かを知るためのものですから、機能的には変わらないと思うんです。しかし彼はパンタグラフがどうしても許せない。
こちらがいくら説明しても、「パンタグラフがあるのは納得できない」の一点張りでした。
マニアックなクレームを言ってきた正真正銘の「鉄っちゃん」を相手に、
福井社長はどう対処したのでしょうか。
次回は、発想の転換で「鉄っちゃん」を味方にしてしまった経緯について語っていただきます。
<続く>
インタビュアー:越石 一彦


























