社長インタビュー 第1回

野菜へのこだわりが成功への近道に!

2011/7/27

株式会社イヌイ パティスリー ポタジエ主宰
代表取締役CEO 柿沢直紀

インタビュアー:越石一彦、構成:木村俊太

野菜で食文化のイノベーションを起こす

株式会社イヌイは、野菜スイーツ専門店「パティスリー ポタジエ」と野菜寿し専門店「野菜寿し ポタジエ」を営む会社だ。「野菜を使ったスイーツ」も「野菜を使った寿し」も単品の商品としてはすでにあるものだが、「それしかない」専門店は世界広しといえどもここだけだ。柿沢直紀CEOも認める「ニッチな」市場だが、そこで成功できたのはなぜか。見えてきたのは「価値の創造」を追い求めてきた経営姿勢だ。「大量生産、大量消費の時代は終わった」と語る経営戦略と「野菜」という食材を徹底的に突き詰めたこだわりにこそ、成功のカギが隠されていた。

世界初の「野菜スイーツ」「野菜寿し」専門店

――御社は「野菜スイーツ」に「野菜寿し」という、業界を驚かせた商品を扱っています。まずはそれらがどのようなものなのかを教えてください。

はい。まず、大前提としてご理解いただきたいのは「野菜スイーツ」も「野菜寿し」も「すべて野菜でつくったもの」ではないということです。「野菜の入ったスイーツ」であり、「野菜の入った寿し」です。ですから、「野菜スイーツ」には生クリームやケーキのスポンジなども使われていますし、「野菜寿し」には、ごはんものりも使われています。

野菜を使ったスイーツとか野菜を使った寿しというものは、もともとありました。さつまいものスイーツとかかぼちゃのスイーツなどは一般的ですし、寿しで言えばかっぱ巻きにはきゅうりが入っています。弊社の特徴は、野菜を使ったスイーツや寿しの「専門店」だということです。

――世界初の「野菜スイーツ」専門店、「野菜寿し」専門店なのですね。実際、どのようなメニューがあるのですか?

一例を挙げますと、ナスのタルトタタン。ナスをキャラメリゼすると、アップルパイのリンゴのような味になるのです。 そのほか、角切りにしてバターソテーしたゴボウが入ったガトーショコラやトマトを使ったショートケーキなどがあります。

一方、寿しは、見た目も食感もホタテにそっくりの「エリンギ」やハモの骨切りの手法を取り入れた「長ネギ」やウニに見立てた「ニンジン」の軍艦巻きなど、野菜をそのままシャリにのせた寿しとは一線を画し、面白くておいしい新感覚の寿しを提供しています。

つまり、単なる「野菜スイーツ」「野菜寿し」ではなく、専門店だからできる野菜の食べ方の新しい提案、新しい可能性を提供しているのです。

――そもそも、このような野菜スイーツや野菜寿しのお店をやろうと思われたきっかけと、ここまでに至る経緯を教えてください。

それには、まず私の妻(オーナーパティシエ・柿沢安耶さん)の話をしなければなりません。妻は学生時代から料理が好きで、フランスに短期留学し、ホテルリッツが経営する料理学校リッツエスコフィエで学ぶなど、料理人を志していました。しかし、肉料理が好きではなかったのと、もともと動物が好きだったため、フランス料理で切り身ではなく原型をとどめたままの鳥やウサギなどをさばく作業にどうしても慣れませんでした。

散々悩んだ末に、改めてそれをやらなくて済む方法はないか考えて、野菜という食材の料理人になることを決意したのです。

まずは宇都宮に出店

――そのような経緯で野菜にこだわるようになったのですね。

そうです。そして、大学卒業後、妻は飲食関係の会社に就職し、店舗で働くようになるのです。ホールでの接客をはじめ、メニューの考案から食材の仕入れ、アルバイトの採用などを担当していきますが、大卒で経験が不足していたためか、肝心の厨房のスタッフとしての役目は任されませんでした。なので、自分の好きな料理をするために、「独立して自分の店をもちたい」という夢をもつようになります。ずっともっていた夢が、より具体的になってきたのかもしれません。妻は「カフェをやりたい」と言いました。それも、「オーガニックベジタブル」のカフェがやりたいと。

――それに賛同されて、「オーガニックベジカフェ イヌイ」を宇都宮に出されたのですね。また、なぜ宇都宮だったのですか?

最初に相談されたときには、単にオーガニック食材を食べさせる店は、マニアックすぎるなと思いました。確かに東京では一時的にははやってはいましたが、「健康志向」を強く打ち出しすぎて、逆に一般の人が来にくいお店がたくさんありました。

そこで考えたのが、「身土不二(しんどふじ)」という考え方です。これは仏教の言葉なのですが、「人の命と健康はその土と共にある」という意味です。その土地で採れたおいしい食材をそこで食べるという「地産地消」の意味合いとも結びつく言葉でもあります。

当時、野菜を卸してくださるという方に栃木の農家が多かったのです。妻も私も飲食店を経営した経験もなかったので、激戦区の東京ではなく、まずは「栃木の野菜を栃木で提供しよう」というコンセプトで宇都宮に出店しました。もちろん、私は勤めていた広告代理店を辞めて、共同経営者となりました。

まずは、優秀な生産者との信頼関係を築き、そのネットワークを広げること、そして自分たちの考え方をさらに広めるために、3年間でレストランを軌道に乗せ、東京に逆進出することを計画しました。そして、さまざまな試行錯誤を繰り返し、目標の3年後に野菜スイーツ専門店「パティスリー ポタジエ」を中目黒に出店するのです…。

投稿日:2011年7月27日
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